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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

寒波襲来/迷子の小鳥

昨日の朝目が覚めると息が白かった。灯油ストーブをつけても室温計はいっこうに七度を超さない。部屋の中なのにセーターの上にユニクロのウルトラライトダウンを着てさらにウインドブレーカーを羽織り、貼るカイロを体のあちこちに仕込んだ。

記録的な寒波が来たらしい、とネットのニュースで知った。Twitterの友人たちは水道が出ない、シャワーが出ない、とあわてている。うちの蛇口をあちこちひねってみたら、室内のものは無事だったが外の水道が凍っていた。イモリが棲む小さな池にも薄氷が張っていた。なるほど、目に見えはしないが何か大きな力が夜のうちにわれわれを撫でていったのは確からしい、とぼんやり納得した。

 

用を足しに行ったら天井裏からかさこそ物音がして、なんだろうと思った。以前の日記にも書いたけれどわが家の便所は少し変わった構造をしている。吹き抜けの頭上に明かり取りの天窓があり、また扉を除く三方の壁が途中で途切れて、天井裏とつながっているのである。そこから物音がしたので、ネズミかしらと思って用足しを中断してじっと耳をそばだてていたら、突然オレンジ色の影が弧を描くようにばたばた飛び回ったので仰天した。といってもその時すでに首は天を仰いでいたのだけれど、それはともかく小鳥だった。大きさはスズメほど。腹がきれいなオレンジ色で背は青みがかった灰色。このあたりではあまり見かけない野鳥がわが家の便所の天井裏を飛び回っている。思わず同居人のもとに走った。私もだが同居人はこういう動物がらみの珍事件が大好きなのだ。虫取り網を持ってふたりで便所に戻ると小動物の気配は消えていて、なんの音もしなかった。わたしは「あれ、おかしいなあ」と言った。そして背伸びして天井裏をのぞきこんでいる同居人を便所から引き出してかわりに自分が入った。狭いから一度にふたりは入れないのだ。するとふたたび視界の端を小鳥がさっと飛んだので、「あっ、今いた、今いた」と叫んだが、見ていない同居人は便所の外であいまいにほほえんでいる。「ほんまやから、ほんまやねんて、信じてくれよ!」と冗談まじりに同居人の両肩を掴んでゆすりながら幻覚だったらどうしようと思った。しかししばらく粘っていると同居人が見ている時に小鳥が現れ、本当にいるらしいことがようやくはっきりした。小鳥は出口を探して広い天井裏を飛び回っているらしい。どこかからうっかり入ったわけだから、出口はあるのだろうが、混乱していて見つからないようだ。見知らぬ空間に迷いこんでしまって、おまけに床に空いた四角い穴から巨大な生物がヌーと顔を出したり引っこめたりしているのだから無理もないわなあ。しかも二体。あちこち飛び回っては「やはりここしかない」と青空が透けている天窓に突進し、しかし出られずまた四方を飛び回り、という動きをひたすらくり返していて不憫。踏み台を持ってきて網で捕まえようと試みた。こんな寒い日にちっちゃな小鳥が餌もない場所で飛び続けていたら消耗して死んでしまいそうだ。だいいち、用を足している時に頭の上でばたばたやられたら出るものも出ない。しかし焦燥しているくせに小鳥の動きは精確で、天窓に来たところを狙ってもさっとかわしてしまう。一度逃すと一、二分は天窓に寄り付かなくなるのでじりじりと待つしかない。

 

思えばこの家には本当にたくさんの動物がこちらの生活などお構いなしに上がりこんでくる。猫、ネズミ、イタチ、イモリ、温かい季節には多種多様な甲虫、蛾、ハエの類、それらを狙う蜘蛛やヤモリなどなど。動物だけではなく油断すればカビがもりもりとはびこるし、ときにはキノコまで顔を出す。マンション育ちの私からするとずいぶん違うので慣れるまでに少々かかった。「ええか、家なんというものは、人間が勝手に領地を宣言するための立て看板にすぎへんのやぞ」と言わんばかりでなかなか愉快だけれど、この家のこういうところをチャームポイントととらえるか重大な欠点ととらえるかはかなり人によると思う。

 

交代で網を持って待ち構えていたけれど結局小鳥を捕まえることはできなかった。いったんあきらめて風呂に入り(扉もシャワーも凍りかけていたがなんとか使えた)、もう一度便所に行ったらもう物音は聞こえなかった。たぶん出口が見つかったのだろう。そうでなければ死んでしまって天井裏でゆっくり朽ちていくことになるのでそう思いたい。小鳥の種類は同居人の見立てではヤマガラジョウビタキも怪しいとわたしは踏んでいる。小説ならわかりやすい結末があるのかもしれないけれどこれは日記なのでそういうのはありません。