点取日記 31 お元気ですか
大学時代にアルバイトをしていた地元の書店チェーンが自己破産したと、今週のニュースで知った。
Twitterで検索すると貼り紙のされたシャッターの写真がいくつも出てきた。
たいてい、大阪弁の嘆きが添えられている。
つぶれちゃったかあ、と少しさみしく、しかし客としてもめっきり利用しなくなっていたのにさみしがっていいかしら、とも思う。
新書と古書の両方を売るちょっと変わった店だった。
私がいた店は中型店で、店のすぐ外に古書用の棚が並んでいて、時々入れ替わった。数千円する全集本もあれば100円の漫画もあった。
お客さんには私がまったく興味を持てない本を買う人もたくさんいて、川の流れを眺めるみたいにレジで観察するのは楽しかった。バイトとしては意識が低かったので最低限のマニュアルを守りつつ、単純に本がいっぱいある場所で過ごせてサイコーと思っていた。
バイトは気楽だったが、たしかに10年前ですら社員の人たちは大変そうだった。
急に営業時間の延長が決定して、閉店作業を終えると終電近い時間になっていたり。
みなし残業制だったのか、「要領よく仕事しないと残業するだけ損」と先輩が後輩に助言しているのを聞いた覚えもある。
契約社員の方が時給ベースなので手取りが多いなんていう話もあった。
根拠はないけれど、ちょっと厄介な常連さんやクレーマーに神経質でネチネチしたタイプの人が多いのも、本屋の特徴ではないかと思う。ヤクザっぽく怒鳴ったりする人はあまりいない。
週刊雑誌の表紙の傷をめちゃくちゃ気にしたり、絶版の本をどうしても手に入れようと引き下がらなかったり、理詰めで理不尽な要求を長々と述べたり、そういう感じだ。
昨日店長が客にキレたらしいで、とバイトの子に耳打ちされたこともあった。
万引きもしょっちゅうで、トイレの個室では引き抜かれたスリップ(新品の本に挟んである細長い伝票、本来は会計時に回収する)が束で捨てられているのを何度かを発見した。
見つけたらもちろん警察に通報するが、それ以上にたくさん盗まれていたと思う。
とはいえアルバイトとしてはぬくぬくと過ごせる場所だった。飲食と比べれば天地の差だろう。時給はよくはなかったが、本に囲まれているのが何より楽しかった。日々入れ替わる新書から自分の分を取り置いておいたり、古書の中から漫画の全巻セットを掘り出したり。お金はあまり貯まらなかった。
バイトの同僚とか、社員さんとか常連さんとか、問い合わせの電話とか店先でぶっ倒れた認知症のおじいさんとか、思い出すことだけはたくさんある。お元気ですか、と思う。
私を採用してくれた店長はひょろりとした眼鏡の男性で、柔和な性格の人物だった。
結婚で引っ越したのを機にばらの栽培にはまったと言って、バックヤードで園芸本を何冊か見比べていた。
ある日出勤してあいさつをすると、店長が「そこの上の本取ってみ」と脇に積まれたダンボール箱を指さした。
白っぽいその本を手に取ると岸本佐知子の『ねにもつタイプ』の単行本だった。表紙が少し擦れていて、古書だとわかった。
あっこの人、と声が出た。
「知ってる?こないだテレビでその人のエッセイの朗読やってて、『ホッホグルグル、ホッホグルグル』ていうやつ。それ聞いたら、なんか知らんけどすごい蜂本さんぽいなと思って」
内心嬉しかった。以前『気になる部分』と『ねにもつタイプ』を図書館で借りて読んだことがあった。母に「あんたっぽいから絶対読み」と勧められたのだ。ものすごく面白く、でもそのまま買いそびれていて、まだ持ってはいなかった。私はそれを話した。
うんうん、と店長はにこにこ話を聞いたあと、「それあげるよ」と言った。後にも先にもそんなことはなかった。
ある日出勤したら、店長がいなくなっていた。
他のバイトの子に聞いただけで定かではないのだが、クレーマーを殴ってしまい、即日店を去ったと聞かされた。
長時間罵られた挙げ句のことだったそうだ。だからって殴ったらあかん、と思ったが、とうとう耐えきれなかったのだろうと同情もした。
新店長はアメフト選手のような体格の男性で、店長とちっとも似ていなかった。
それから10年ほどが経ち、ニュースを見てふと思い出したが、私は店長について詩を書いたことがある。
バイトをやめてから2年ほどして、ある学生イベントで朗読をすることになり、色んな詩や短編を読み返していた時期だ。
詩が面白くなっていくつか自分でも書いてみたのだ。結局それは朗読しなかったが、もう誰かに聞かせる機会もなかろうし、ここに書いてしまうことにする。
名前だけは実名だったのをアルファベットに改めた。
K店長
K店長
めがね
細身
優しい目
たまに暴れる
K店長
本が好き
本くれる
ばらを育てる
客を殴る
K店長
どこへ行った
仕事どうなった
ばらは咲いたか
K店長
人を殴るな
「自転車にのるときは気をつけなさい 5点」
最近寒いから乗ってない。
どうでもいいけど、このイラストはバイクではないですか。