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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

ファミマからエロ雑誌消えてた

ビジネス街のど真ん中にある今の職場に通い始めて一年と半年ほど経つ。内勤労働者で溢れかえっているこの街は通えば通うほど不自然で、不思議とちっとも愛着が湧かない。

 

便利なことはけっこうある。たとえば駅から近いこと。道がきれいに舗装されていて歩きやすいこと。郵便局やコンビニやファーストフード、医院などがすべて徒歩圏内にあること。

不便に感じることもそこそこある。無味乾燥で緑がない。文化的な要素はほぼ皆無。定食屋のごはんは油っこく量が多く、さほど美味しくなく、微妙に高い。平気で歩きタバコをする奴がいる(電子タバコが増えたけどそれでもくさい)。

 

コンビニはその街を映すというけれど、初めて職場から徒歩1分のファミマに入った時は衝撃だった。入ってすぐのところにある雑誌コーナーの、半分以上がびっしりとエロ雑誌で覆われていたのである。

一瞬店長の鮮烈な自己表現かと思ったが、他の棚を見渡すとそうではないらしかった。文具や衛生用品の棚はかゆいところに手が届く品揃えだ。格安の肌着や使い捨てパンツなんてものも売られていて、過酷な会社員の生活が垣間見える。

 

ということは、このファミマはビジネス街に最適化された店なのだ。おびただしい量のエロ雑誌も?たぶんそうなのだろう。

正直ゲェッと思ったが、何度か通ううちに慣れてしまった。仕事の合間によく100円コーヒーやグミが欲しくなるし、雑誌コーナーはATMの真ん前にあるから時々は前を通らざるを得ない。

それでもATMを使うたびに、この店でエロ雑誌買う奴マジかよ、と思っていた。

 

だって、職場近くのコンビニでエロ雑誌を買わずにいられない精神状態、想像するに余りある。知人に出くわす確率だってそれなりに高い。

鞄にエロ雑誌を詰めて客先に行くこともないだろうから、買うとしたら帰り道だろう。ふと、エロ雑誌を買う会社員の気持ちが生霊のように私にまとわりついてきた。

 

やっと会社出た。もう22時まわってる。あとは飯食って風呂浴びて寝るだけ。昨日と同じ。晩飯を買うためにコンビニに入る。明かりがまぶしい。脳みそがくたびれきってて何を選んだらいいかすらわからない。パスタでいいか。酒、はやめとこう。専務の的はずれな説教ムカつくな。肩と腰と目が痛い。あー。振込したいけど気力ない。グループチャットでミスを指摘してくる部下やめろよ。小娘が。なんかイライラしてきた。期間限定のわさび味ってうまかった試しがない。助けて。イライラっていうかこれ、ムラムラかな?あー、あー、あー、あー。楽しいことなんもない。電車でやるソシャゲしかない。ネットにはエロの海が無限に広がっているとわかっていながら、私の手がするすると勝手に伸びてカゴの中にエロ雑誌を放り込む。

 

そういう空想が浮かんでげんなりした。もしかしたら買う人はもっと考えなしに、スナック菓子感覚なのかもしれないけれど、少なくともビジネス街という公的な自分しか存在しない場所でひしめくエロ雑誌は、そういうどんよりした鬱屈を叫んでいるように見えた。余計に雑誌コーナーから足が遠のいた。

 

 

昨日ファミマでATMを使った時、何かがいつもと違うような気がした。

あれ?なんか今息がしやすかったぞ。雑誌コーナーを振り返った。

エロ雑誌の大群が消滅していた。

 

あっ、と思った。久しぶりに、実に久しぶりに雑誌コーナーをじっくり見た。

こちらに正面を向いて陳列されていたエロ雑誌が一冊もない。ファッション誌や漫画雑誌、ビジネス誌だけだ。

よく見ると下の段の端っこに、マイナーなホビー誌に押しのけられるようにして「女子校生」「寝取られ」という文字が頭をのぞかせている。それも三、四冊程度だった。

前日、世間では「ローソンとセブンイレブンが8月末までに成人向け雑誌の取扱いを中止する」というニュースが流れたタイミングだった。

ファミマは取扱いをやめない、と発表したはずだった。

 

もう一度、雑誌コーナーの前で大きく息を吸い、吐いた。

これまでの自分がその前を通る時、息を止めていたことに初めて気づいて驚愕した。まったくの無意識だった。

 

お金を出してデスクに戻ると、怒りがめらめら湧いてきた。

雑誌コーナーの前を、何も感じずにただ通り過ぎることができる。

なんで?なんで今までこうじゃなかった?

スケベなものが見たい、わかる。そういう時、ある。でも24時間むき出しで開陳することなくないか???

 

いわく、

「女は無理やりに合意なく犯してもいい」

「女は痴漢してもいい。心の底では向こうもそれを望んでいる」

「女は胸、尻、それだけの存在である」

「女は10代の子供であっても性的に消費していい」

「女は…」「女は…」「女は…」

 

毎日、毎日、コンビニでそのメッセージを目にする。

食べ物や文房具や、その他の生活必需品を買うコンビニで。

ここはビジネス街なのに。男性ほどではなくても、たくさんの女性が働いているのに。

 

もしもこれを読んでいる人が、「ピンとこない、あなたが何かされたわけじゃないでしょ」と思うなら、想像してほしい。

サッカー部だとかO型だとか無職だとかマヨラーだとか、なんでもいいから自分の属性のひとつが「人格を無視していい」「好きに殴りつけていい」ものとしてと扱われ、大きな娯楽産業になっていることを想像してほしい。あるいは、毎日行くコンビニで栄養ドリンクや冷えピタと一緒に売られていて、商品として宣伝されている様子を想像してほしい。

 

コンビニでエロ雑誌の壁の前を通る時、心がほんの少し削れる。それは自分でも気づかないくらい、即座に無視できる程度のものだ。

でも十分に有毒だった。だから無意識に息を止めていた。

いや止めていたのではなく、殺していたのだ。息や視覚や心の働きの一部を。

 

帰り道でニュースを見たら、一日遅れでファミマも8月末までに成人向け雑誌を取扱中止すると発表したことを知った。つまりあの店舗は自主的に撤去したのではなく、企業としての決定を先取りしたわけだ。

英断だと思った。でもありがとうとは言いたくない。あっったりまえだろ、と思う。今までが本当に異常だった。

 

エロ雑誌の今後について、その流通やそもそもの内容について、色々な意見が飛び交っている。

もしどうしてもエロ雑誌をコンビニで買う以外、人生にいっさいの希望を持てない人がいたとして(いるのか?たぶんいるんだろう)コンビニでの販路を残すなら、チケット購入端末から買えるようにしてほしいと思う。

ロッピーだかファミポートだか、ああいうのを操作して、気に入った表紙のレシートを発行してレジで出してもらうのだ。今までだって紐でくくられてて中身は読めないんだから同じことだ。

 

会社員の生霊が「そういうことじゃないんだよ」とボソボソつぶやいてくる。「ああいうのは衝動的に買うからいいんだよ」。うるせえな、くたばれ、成仏しろ。とにかくもう不意打ちでエロ雑誌を見せられる世界に戻りたくない。