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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

常世と浮世のあわい スケラッコ「盆の国」(リイド社)を読む

ホホホ座で私の夏が完成した

8月14日、京都のホホホ座へ行った。お目当ては先月リイド社から発売された「盆の国」。そして作者のスケラッコさんが描く似顔絵だ。

 私の顔を知っている人は分かってくれると思うけどかなり似ている(だいぶかわいくなっていますが!)。スケラッコさんの世界に入ったみたいでうれしい。あと、ふつうだったら肩には「盆の国」に登場する猫、しじみが乗るようなのですが、私の肩にはエビずしを乗せてもらった(エビずしはスケラッコさんの昔の漫画に由来している)。これは自慢です。

 

「盆の国」がトーチwebで連載されているとは聞いていたのだけれど、なんとなく読む機会がなく、単行本でイチから読んだ。

結論からいうと、すごく面白かった。そして私は最高のタイミングでこの漫画を読んだ読者のひとりだと思う。

 

「盆の国」 ネタバレのないあらすじと感想

【あらすじ】 

主人公の秋は六堂町に住む女の子。今は夏休みの最中、8月15日のお盆の日だ。お盆の季節になると昔から秋は帰ってきた死者の霊、「おしょらいさん」の姿を見る。今年も亡き祖父や飼い猫、この春に亡くなったばかりの同級生、新見くんのおしょらいさんを見かけた秋は、おしょらいさんたちが帰ってしまうことがさみしく、夏休み前に友人とケンカをしたこともあって、「お盆がずっと続けばいいのに」と願ってしまう。すると空に黒雲の渦が現れ、翌日から町は8月15日のまま日付が進まなくなる。何度も8月15日を繰り返し、おしょらいさんが帰らない世界のなかで、秋は不思議な青年、夏夫とともに町を元に戻す手がかりを探し始める。

 

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読み始めて衝撃だったのは「この人こんなに漫画達者だったの!?」ということだ。失礼ながら数年前に読んだ「にぬき・ビール・デマエ」というまんが(ひらがなでまんがと書きたい)の印象が強すぎて、ストーリー漫画を読む構えができていなかった。だって私が読んだの、猫とビールと女の子が同居してるまんがだよ!?女の子がエビずしをおみやげに買ってきて「エビずしやんけ!!!」パウパウ(擬音)つって、「散歩いってくる!」つってさあ、外に出たらエビずしがしっぽ振ってついてきてさあ、エビずしちゃ~~ん!!!つってさあ…大好き…。友達の間で流行りました。テンションあがったときに「エビずしやんけ!パウパウ!」って言うのが。無邪気やったなあ。あの頃はよう。全員はたち超えてたけど…はたち超えてたと思うとけっこうきついけど…。

 

本題に戻ると、「盆の国」はストーリー漫画であり、しかもかなりきちんと構成された漫画でした。1話にさりげなく登場した要素が、終盤でふと現れる。それらは伏線と呼んでしまうと味気なくて、もっと日常に近いものだ。私たちの住む現実の細部には、過去があり未来があり、ふだんは忘れているけれど、暮らしのなかでふたたび顔を出したりする。「盆の国」の物語もそのようにして、さまざまな要素がゆるやかにつながりあいながら進む。つながりはいつしか大きな波になって、物語を大きく動かしていく。

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物語の体験としてもっとも近いのは小学校の頃に読んだ児童書だ。今ぱっと思い浮かぶのは富安陽子の「キツネ山の夏休み」「空へつづく神話」、さとうまきこ「9月0日大冒険」、広瀬寿子「風になった忍者」など、「少年/少女が夏休みに不思議な体験を通して、他者や小さな世界を救い、また自身も変化する」物語たちである(ストーリーラインとしてはド直球の王道なので、これはネタバレにはならないと思いたい)。これらの物語を子供の私は夢中になって読んだけれど、「盆の国」で久しぶりその感覚を取り戻した。そして夏の日差しや電車のクーラーの涼しさ、お祭りの高揚感といった夏の感触を追体験しながら読むことができた。

 

そういうわけで、夏の少年少女に戻りたい人、おすすめの漫画です。できたら暑いうちに読んでほしい。紙版もKindle版もあるよ。

 

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以下、ぐっときたところを(ネタバレしまくりで)

ネタバレを気にしながら書くのも限界になってきたので、あとは好き勝手にここが好き!!というところを列挙します。

 

・画面構成の妙 黒/白/トーン

「盆の国」をパラパラめくると「いい感じ」がする。このいい感じってなんだろうと思って考えると、画面の具合がいい感じだなと思う。黒、白、トーンがよい具合に配分されている。じっくり読む前からこれはいい漫画だぞ、と肌でわかる。

 

こんな雰囲気だけでものを言っていてもしかたがないので、徐々に深読みゾーンに入っていこうと思うのだけれど、まずキャラクターデザイン、かなり考えられていると思う。

 

主人公の秋は黒い髪、大きな黒い眼、真っ黒に日焼けした肌。そして真っ白なシャツを身に着けている。作中で日焼けをしているのは彼女だけだ。

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秋の相棒となる夏夫は白い髪、色素の薄い眼、白い肌(作中でも言及がある)。そして黒地に白が入った縞柄の浴衣を着ている。

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一方で町の人々はなんだか白っぽい。服にもほとんどベタが入っていない。新見くんのおばさんも、ミサっちも、数回登場するのに髪の毛にさえ色が塗られていない。主人公以外で髪が黒いのは秋のお母さんと、生前の夏夫やゆきくらいではないだろうか(今確認したら何人かのモブも髪が黒かったですが)。

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これは明らかに意図されていて、あの世界で真に生きているといえるのは秋だけだ。無数のおしょらいさんは言うまでもなく、夏夫はオバケだし、町の人々は8月15日が繰り返されていることに気がつかない。強い日差しに白く照りかえった町のなかで、黒く日焼けした少女が奮闘する、その黒が主人公のアイコンなのだ。生者=白い世界に黒、死者=黒い世界に白、そのあわい=トーン、というのは素直に読んでよいと思う。

 

・夏夫の片二重のこと

キャラデザインで気になるといえば、夏夫は目が片二重である。左目の上にだけすっとひとすじ線が入っている。これ、夏夫が「生きてはいない、おしょらいさんにもなれない、中間の存在(オバケ)」だからですよね(とか言いつつ夏夫は生前から片二重なんですが)。

不思議な青年を片二重にしたことで生身の人間(だった)ことがぐっと立ってきていいなと思う。秋の絵や、カバー裏のシンプルなイラストでも片二重は省略されずに残っているから、夏夫の重要な特徴であることは間違いない。

 

さらにいえば、片二重はクライマックスにけっこう重大な役割を担っている。今にも落下しそうな秋が手を延べる夏夫をニセモノと喝破する場面、この時だけ夏夫の右の目が二重なのだ。

 

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ちなみに顔だけおじいさん(名前なんていうんだろう)の両目の上にはふたすじ線が入っている。これは深読みしすぎかもしれない。

 

・秋の目の下の傷

同じくクライマックスで、秋はケガをする。タイミングとしては顔だけおじいさんにつかまり、吹き抜けへ叩き落とされたあと、かろうじて手すりにつかまった時についたもののようだ。ケガの場所は右目の下。

これはつまり、夏夫の左目の二重と対になる線であり、常世をくぐり抜けた印でもある。正しい世界に戻っても傷は消えていない。傷はいつか治り、おしょらいさんはいつか見えなくなるかもしれないが、目の下の傷はあの繰り返された8月15日が本当にあったことの証なのだ。

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・春は誰なのか

主要な人物には季節が割り振られている。夏は夏夫、秋は秋、冬はゆき。では春は誰なのか?というのが、何度か読み返したのだけれどよくわからなかった。さきという名前らしいおばあちゃんの気もするし、春の雷で亡くなった新見くんかもしれない。

 

もうひとつ気になることがある。祠を壊したのは誰なのだろう。現実には春の雷が祠を壊し、それをきっかけに夏夫は出歩けるようになったと説明されている。秋が夏夫の過去を垣間見る夢のような場面では、祠に閉じ込められた夏夫を助けだすのは秋だ。そして夏夫の認識では、「そこから出してくれた人」は秋である。そうなるとあの時間が溶けたような空間のなかで、祠を壊したのは他ならぬ秋だったとも考えられる。

 

おわりに

思わぬ最高のタイミングで「盆の国」を読めて嬉しかった。私には一年の決まった日や季節に決まった作品を見返すという暗い趣味があるのだけれど(この記事参照)、「盆の国」も間違いなくそのラインナップに加わると思う。書いているうちに来てしまった8月16日からお送りしました。