点取日記 20 なぞなぞフロム前の人
引っ越して1週間と1日が経った。
部屋に馴染んであらためて思うのだけれど、この部屋にはやたらとフックが多い。
フックというのは金属の一方が壁に固定できるようネジ状になっていて、もう一方が丸やL字型で物が引っ掛けられるようになっている、あのフックだ。
今調べたら洋灯吊りとかひる環とか、あるいは洋折れとかいうらしい。
名前はとにかくそれらフックがこの部屋にはいくつも残されている。つまり前の住人の置き土産だが、私はまだ大半を活用できていない。
なぜかというと、変なところに取り付けられたフックがけっこうあるのだ。
わかりやすいところ、たとえばクロゼットの縁とか台所の洗い場の壁とかにフックがあるのは腑に落ちる。
以前何が吊り下げられていたかわかる気さえするし、私もありがたく鍵や、泡立てネットや、帽子や焼き網なんかを引っ掛けて便利に使っている。
しかしなぜそこに取り付けられたちっともわからないフックもある。ベッド近くの梁に2つ並んでいたり、天井から生えていたりするのだ。
あまりに存在が唐突なので、キノコ類のような迫力を感じる。
どのフックも壁と同じに白い塗料で塗られている。そこには前の住人の明確な意志が感じられる。
前の住人は吊り下げたのだ、フックと重力とを利用して、生活に必要な何かを。
私にはわからない。
頭の中で色んな物をぶら下げてみる。タオルとかお玉とかハンガーとか、時計とか絵画とかホウキとか蚊帳とか。でもまだしっくり来ていない。
フックたちもフックたちで何かを吊り下げられるのを待っている気がする。
いつかわかる日がくるだろうか。
「カサをくるくるまわして目がまわった 2点」
ほんとかしら、カサを回すだけで目がまわるなんて。
今日は忙しくて目のまわるような1日だったよ。
点取り日記 19 裏技ばっかり
爽やかな話とは言い難いが足に大きなマメができた。
引っ越してから最寄り駅が遠くなり、自転車もまだないので往復40分くらいの道のりをテクテク歩いて通っている。
朝は時間がなくて小走りになったり、夜は暗くて道に迷ったり、そういうことを底の薄い通勤靴でやるので足が負けてしまったようだ。
足を裏返して小指を見てみると皮膚の一部がぷっくり膨れあがっていたので驚いた。
マメができるのは初めてだ。もしくは小さい時にできたことがあるのかもしれないが、どちらにせよ覚えていないくらい昔のことだ。
指でつついてみると中に水が入っているらしくぷよぷよしている。
気持ち悪い!
私は何が苦手といって、植物の葉っぱにできた虫こぶが苦手なのだ。同じようなものが自分の体にできて嬉しいはずがない。
調べてみると「マメはつぶせ」「つぶすな」と両方の意見があったが、気持ち悪いので一刻も早くつぶすことにした。
どのみちこのままだと歩きにくいし、いつ破裂するかもわからない。靴の中でマメが破れて水がでてくる様子なんで想像しただけでもう最悪である。
針をあぶって消毒し、大した痛みもなく皮膚に小さな穴を開けると水分が出てきた。ティッシュでぎゅっと押さえてしぼりだす。
何度か繰り返してようやくおおよそしぼりだすことができた。皮膚はふよふよのままだ。
インターネット調べではこの水分はリンパ液らしい、傷の治りを早くするなどの役目もあるらしいが、血じゃなくてこんなサラサラした透明な液体だけ分泌するなんて意味がわからないしすごい。
人体にはこういう裏技みたいなものが無数にあって、知識では知っているものもまったく知らないものもあるだろう。
マメはかなり発動率が高いだろうから体験できたけれど、あまり活用できずに死んでいくのかもしれない。もったいない。
「君の言うことを聞くわけには行かない 5点」
悪かったよ、マメの話なんか聞きたくないよね。
でも本当は聞いてくれている気がする、5点だから。
点取日記 18 居候の正体
昨日の日記でも書いたように今の部屋は虫がよく出る。なかでも今の季節多いのが蚊だ。かゆみにたまりかねてムヒを買い、数えながら塗ってみたら11箇所も虫刺されがあった。
そうしている間にも耳元でプンという羽音がして、太ももに1匹の蚊がとまる。
とっさにぶっ叩いて息の根をとめた。
蚊はぺちゃんこになって肌にへばりつく。窓は開けていないのに、どこからか入り込んで部屋で待機していたみたいだ。
それでふと思い出した。この部屋の居候のことである。
居候というかそいつは蜘蛛で、気がついたらすでに部屋の中にいたのだ。台所のガスコンロの向こう側、空中にホコリのようなものが浮かんでいて、目をこらしてよく見ると小さな蜘蛛が巣をかけていた。
本当に小さくてお腹は灰色のような茶色のようなまだら模様、形のはっきりしない巣をかけている。なんとも地味な蜘蛛だ。ヒメグモの仲間ではないかと思うがくわしくはわからない。
叩いた蚊の体を指でつまんで台所へ行き、小さな居候の巣に引っかかるように放り込んでやった。
もっともどちらが先に入居したのかわからないから、ひょっとすると私が後からやってきた居候なのかもしれない。だとするとまあ、遅めの引越し蕎麦みたいなものだ。
蚊の体は巣の左隅にひっかかってぶら下がった。
ある虫は殺して別の虫に餌をやるのはえこひいきと言われても仕方がないが、片や2桁の虫刺されをつくって片やそれをやっつけてくれるというのだから、扱いに差が出るのが情だと思う。
いくつか用事を済ませてもう一度台所を見に行くと、蜘蛛が巣の真ん中で蚊の体をがっしりと抱え込んでいた。
小さすぎてよく見えないがチクチクと細かく揺れているのはかじっているらしい。
結局何の種類かわからないけれど居候とはうまくやっていけそうだ。
嬉しくてまた巣をのぞき込んだら、すぐ近くにもう1匹、さらに小さな蜘蛛がいるのに気がついた。
ホコリのような蜘蛛に塵のような蜘蛛が近づこうと一進一退している。なんだかお腹の雰囲気が似ていて、オスの蜘蛛ではないかと思った。蜘蛛には雌雄で体格差があり、メスの方が大きいものもいると聞いた気がする。
だとすれば2匹はつがい、またはつがい候補だ。大きい方は気づく様子もなくチクチクと蚊をかじり続けているが、台所の隅でこんなドラマが展開されているとは。
やっぱり私の方が居候かもしれない。
「足でけるとはけしからん 4点」
足といえば駅までの道のりを毎日小一時間かけて往復していたら小指に豆ができてしまった。
かなり早足で歩くせいで指が負けたみたいだ
早く自転車を買わなくちゃ。
点取日記 17 煙が目にしみる
新しい部屋はよく虫が出る。
以前はマンションのそこそこ上の階に住んでいて蚊もあまり出なかったが、引っ越してきて数日、すでに体を何箇所か刺された。
こんなに蚊に食われるのは小学生以来だ。古来から伝わる爪バッテンでかゆみをこらえている。
ただかゆいところのいくつかはダニの仕業ととも考えられるから、蚊ばかり恨んでいてはいけないのかもしれない。
かゆい場所はたいていいつの間にか増えているが、犯人がはっきりしている箇所もある。おとといなどは廊下で仰向けになって脚をじたばたさせているアブラゼミを拾ってやったら、セミは指の上でしばらくじっとしたあと「では遠慮なく……」という感じでス……と口吻を刺してきた。どさくさに紛れるんじゃない。今も少し腫れている。
こうなると活躍するのが蚊取り線香だ。
蚊取り線香も使うのも久しぶりで、愛用者には何を今更と思われそうだけれど、煙の風向きはどうの、有効範囲はどうの、あまり近くに置くと目がしみるだのと考えていると「蚊取り線香、物だなあ」としみじみ思う。
「物だなあ」というのは、うまく言えないが、私は普段仕事で実体のない情報というやつを相手にしているため、物のあられもない物さに感じ入ってしまうことが時々あるのだ。
情報は表現方法を工夫すれば、ある問題を無視したり目立たなくしたり、あるいは見え方を変えてしまうことが比較的簡単にできる(だから危ない)。
物ではそうはいかない。問題を解決するには物理的にそれをどうこうしなくてはならない。
蚊取り線香の煙は実体がないようでいて、観察していると窓枠を這っていた小虫が急にもがき苦しみ始めたりする。ばっちり効いているようだ。
実体の煙で実体の虫が苦しんでいるのを見ると申し訳ない気持ちになる。体がかゆいのが嫌なだけで、私は虫が好きなのだ。
「知りもしないくせに知った様な顔をするな 4点」
アッ、はい、すみません。