新しい部屋はよく虫が出る。
以前はマンションのそこそこ上の階に住んでいて蚊もあまり出なかったが、引っ越してきて数日、すでに体を何箇所か刺された。
こんなに蚊に食われるのは小学生以来だ。古来から伝わる爪バッテンでかゆみをこらえている。
ただかゆいところのいくつかはダニの仕業ととも考えられるから、蚊ばかり恨んでいてはいけないのかもしれない。
かゆい場所はたいていいつの間にか増えているが、犯人がはっきりしている箇所もある。おとといなどは廊下で仰向けになって脚をじたばたさせているアブラゼミを拾ってやったら、セミは指の上でしばらくじっとしたあと「では遠慮なく……」という感じでス……と口吻を刺してきた。どさくさに紛れるんじゃない。今も少し腫れている。
こうなると活躍するのが蚊取り線香だ。
蚊取り線香も使うのも久しぶりで、愛用者には何を今更と思われそうだけれど、煙の風向きはどうの、有効範囲はどうの、あまり近くに置くと目がしみるだのと考えていると「蚊取り線香、物だなあ」としみじみ思う。
「物だなあ」というのは、うまく言えないが、私は普段仕事で実体のない情報というやつを相手にしているため、物のあられもない物さに感じ入ってしまうことが時々あるのだ。
情報は表現方法を工夫すれば、ある問題を無視したり目立たなくしたり、あるいは見え方を変えてしまうことが比較的簡単にできる(だから危ない)。
物ではそうはいかない。問題を解決するには物理的にそれをどうこうしなくてはならない。
蚊取り線香の煙は実体がないようでいて、観察していると窓枠を這っていた小虫が急にもがき苦しみ始めたりする。ばっちり効いているようだ。
実体の煙で実体の虫が苦しんでいるのを見ると申し訳ない気持ちになる。体がかゆいのが嫌なだけで、私は虫が好きなのだ。
「知りもしないくせに知った様な顔をするな 4点」
アッ、はい、すみません。