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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

(獣)殺しのライセンス

このたび狩猟免許を取った。網猟と第一種銃猟の2種類。私は正しい時と方法を選べば、鳥や獣を網で捕り殺してもよいし、銃で撃ち殺してもよいということだ。

免許を取っておいて何だけれど獣の側からすれば「冗談じゃねーよ」だと思う。人間が人間用に作ったルールで、獣を殺していいですよなんて冗談じゃねーよ。クマたちが人間チューペット免許を持って襲ってきたらいやなのと同じだ。人間チューペット免許とは、人間を腰から2つに叩き割って中身をチューチューしていい免許である。

つまり私は網や銃で獣を殺してよくなったと同時に、クマにポキンと背骨を折られて中身をチューチュー吸われても文句の言えない立場になったということだ。とてもフェア。といっても今のところクマと対決するつもりはまったくない。銃を所持するには、免許を取る以上に煩雑な手続きをいろいろクリアしないといけないし、どんな小さな獣でも、それらを捕る技術を手に入れるのには相当時間がかかるだろう。でも可能性として、獣の命を狙う以上は、獣に敵とみなされ、殺され得る。

考えてみればごく当たり前のことで、狩猟をしていなくたって、農作業中のお年寄りが山から降りてきたクマに大怪我をさせられたなんてニュースを毎年やっている。祖父母は山奥で畑をしているけれど、イノシシやアライグマの被害がひどいという。

獣に殺されるというごくふつうのことを、どこか遠い寓話のように感じてしまうのは、私が都会っ子のもやしっ子のゆとり世代のネットユーザーだからだと思う。今日も眼球がカサカサになるまでインターネットであらゆることを調べていた。毎日スーパーで売ってるパックの鶏もも肉を食べて生きている。鶏もも肉はおいしいんだけど、そうやって暮らしていると鳥や獣なんかを自分で捕って食べたらどうだろうと考えるようになった。そんなことで狙われる鳥も獣たちも「冗談じゃねーよ」ですよね。

狩猟免許の免状は平凡な茶封筒に入ってやってきた。物々しいガクブチも派手なBGMもなかった。「殺していいよ」と免状は言っていた。「殺されてもいいよ(これまで通りに)」と、免状の外にあるものは言っていた。狩られた獣や野菜をめちゃくちゃにされた祖父母の「無念」みたいなものはどこで回収されるんだろう。

私が絶対に捕りたいものはカモです。理由は、砂肝が大好きだから。