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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

菓子盆の運用

数日前から菓子盆を運用し始めた。きっかけはひと月ほど前に道端で木のお盆を拾ったことだ。「ご自由にお持ちください」というメッセージと一緒に木のお盆が何枚かカゴに入っていた。お盆と書いたけれども皿かもしれない。直径十五センチほどで丸くて平たい。深く考えもせずに一枚もらってそのまま放置していたが、菓子盆として使うことにした。もらいもののきれいな紙ナプキンを敷いて、お菓子を置いたらもう菓子盆だ。大事なのは木のお盆を拾ったから菓子盆をつくったということで、菓子盆がほしいから木のお盆を拾ったのではない。この順序は決して忘れてはならない。スーパーへ出かけて菓子盆に乗せる菓子を買い求めた。考えた末、京都のおこし数種の詰め合わせパックにした。別に好きじゃないけど、ぽいなと思って。菓子盆に三つずつ出しておいて、一日か一日半かけて消費するようにしている。

結果から言うと、おこしってそんなに好きじゃないなと思った。あれば食べるけど食べたくてたまらないほどではない。もしかしたら年齢的にまだ少し早いのかもしれない。魂がおこしに追いついていないのではないか。でもこのどうでも良さがまさに菓子盆向きなのかもしれず、これがたとえばブルボンのルマンドだったら、出したそばからムシャムシャ食べてしまって菓子盆にはワンバンさせてるだけ、という事態になりかねない。現に菓子盆を運用しはじめてから間食の量は全体に減っているような気がする。袋菓子を一気に食べるなどの悪行に手を出す前におこしを食べると、スナック菓子を求める気持ちが萎えるのだ。しばらく続けてみようと思う。

 

今日の午後、同居人が山へ罠の見回りに行くというので散歩がてら付いていった。ら、鹿がかかっていてたいそう驚いた。ここでは詳しく書かないが、止め刺しの一部始終を初めて見た。この日記に取りかかる前、なんとなくそういう気持ちになったのですごく久しぶりにスティックタイプのお香を焚いたのだけれども、これは線香をあげる意味合いがあったのだろうか? 自分の心の動きはわからない。