染める液
昨日は歯医者へ検診に行った。割と丁寧なところで、歯の磨き残しや歯肉の状態をじっくり見られたあと、フロスと研磨機と水が出る機械で歯を掃除される。前日までに好き放題グミを食べていようものなら「唾液がねばついていますね。最近甘いものをよく食べてますか?」などと訊いてくるので油断がならない。
歯垢を染める液を塗られると、磨き残しの部分が鮮やかな青紫色に浮かび上がる。自分の不手際が可視化されているようで居心地が悪い。歯科衛生士さんは歯の隙間と歯並びの悪いところに磨き残しが多いことを指摘し、フロスとタフトブラシを使うよう提案してきた。タフトブラシというのは部分磨き用の歯ブラシで、普通の歯ブラシが面で磨いていくのに対して、点で磨くことができる。
「いや実は、フロスもタフトブラシも持ってはいるんですよ」
「あら、じゃあ習慣づいてないってことなんですね。ご自分ではどうしてだと思いますか」
「えっと……だるさとか眠気に負けてサボってしまうっていうか……」
「ああ……」
「これはもう歯医者さんの領分ではないと思うんですけど、夕食を食べたあともやるべきことが山積みで、まだ起きて仕事しようって思うので歯を磨かないでいて、そうしているうちに寝落ちして夜中に二時くらいに目が覚めて、せめて普通の歯ブラシで磨くだけでもと最低限磨いて寝て、というのを繰り返しているんです」
「なるほど……」
歯科検診なのにカウンセリングみたいになってしまった。
「夜寝る前に磨くと思っているから磨かないまま寝てしまうので、夕食後にひとまず磨く、そのあと何か飲んだり食べたりするとしても一旦一日の汚れを落とす、と考えてみてはどうですか」と言われた。たしかにそうだ。私の場合、歯磨きは寝るという行動とセットになっている。それは夕食とセットにすればいいのか。食べてすぐ磨くのはほんとは良くなくて一時間くらい置いた方がいいが、口をすすぐと多少まし、らしい。
ふと思ったけど、歯垢染め液みたいな感じで死後の世界にやってきた悪行を染める液があって、目の前で自分の人生に振りかけられたらすごくいやだな。悪行はそうでもないかもだけど、怠惰な部分を染める液とかあったらすごくいやだ。自分がサボった時間、手を抜いた瞬間、人の言葉を適当に流す相槌などが鮮やかな青紫色に浮かび上がる。それで色の濃い人順に並ばされて、みんなでpHのスケールみたいになる。いやだなあ。