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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

文芸部の夢三本

今朝見た夢。

 

とある高校の文芸部を取材する。自分の母校ではない。生徒の案内によれば歴史の長い部で、他校の文芸部との交流も多く、特に隣の高校の文芸部との抗争が昔から絶えないのだという。「文芸部同士の抗争とはなんだろう」と思っていると学校の外へ連れ出される。まわりは田んぼばかりで、空には陰気な雲が低く垂れ込めている。通学路のフェンスや電柱には、数十メートル置きに文集がぶら下がっている。手で綴じられた素朴なつくりの文集で、表紙は学校でよく使われている薄い黄色やピンクの紙、右上にはパンチで穴が開けられており、ビニール紐が通してある。何冊か読んでみると、他校文芸部との血みどろの抗争を描いた短編ばかり載っている。作者はそれぞれ違う。所属校も、こちらの高校であったり敵方の高校であったりする。出版年もいろいろだ。つまりこれはアンソロジーであり、他校との合同誌であり、実録体の短編小説集であり、一種の軍記物語とも言える。視点の異なる短編がごちゃまぜに並び、互いの物語を補完しあい、時には食い合っている。ふとひとつの短編に目が留まる。少数精鋭による夜討ちを仕掛けてきた敵文芸部を一年生部員が単身で返り討ちにするアクション小説だ。その一年生の名字が少し珍しく、私がかつて勤めていた会社の上司と同じである。取材やライティングのやり方を教えてくれた人物なので、私は同一人物であることをほとんど確信する。読み進めると途端にあたりが夜になり、街灯に照らされた通学路を二人の敵文芸部員が絶叫しながら逃げていく。その後ろから異常な俊足で追いかけるのは、若き一年生部員。街灯が途切れた向こうの暗闇からギャッと声が上がり、静かになる。背後から首を折られたことがわかる。

 

取材を続ける。文芸部員の一人に時々部活動で使うという小さな視聴覚室へ案内してもらう。しかし先客がいて、前方のスクリーンでは修学旅行のバスの中を映した記録映像が上映されている。ずいぶん古い感じの質感で、おそらく九十年代終わりか、ゼロ年代初めではないかと思われる。バスは移動中らしく画角は小刻みに揺れている。その中央では見た目四十代男性のバスガイドがオネエ口調で軽快なトークを繰り広げ、生徒を盛り上げている。席の方に目を向けてみると、鑑賞しているのは四、五人からなる五十代男性のグループで、どうやら学外の人間らしい。画面の中は賑やかだが皆しんみりとした雰囲気で、時々「〇〇さんノッてるわね」などと言って涙ぐみ、鼻を鳴らしている。しばらく様子を眺めるうちに状況が飲み込めてくる。どうやらこのバスガイドさんは最近亡くなって、友人たちが往時の姿を偲ぶために、映像が保存されているこの高校を訪れたらしい。そしてもうひとつ奇妙なことに気づく。映像も古ぼけているが、見ているこの人達の会話も服装も妙に古臭いのだ。「この歌、何?」「ラノベよ、ラノベ」「何よラノベって」「今の子だとあれでしょ、ハルヒハルヒ、すごい人気なのよ」などと話している。どうも大量の記録映像を保存しているこの視聴覚室の中では時間が混乱するらしい。その中の一人が「宇宙人はわかんないけど、未来人は絶対いないわね。いたらそこらへんにいるはずだもん」と言うので、思わず近寄っていって、「私たち未来から来たんです」と話しかけると、ぎょっとした顔でこちらを見る。気まずい雰囲気になって部屋を出ながら、過去に干渉するのは良くなかったかもしれない、しかし未来の情報を伝えたのでもないから、大丈夫だろう、と考える。

 

取材を続ける。今度は図書室に案内してもらう。少し狭くて古めかしいけれどいい図書室だ。どっしりした焦げ茶色の本棚が並んでいて、けっこう利用者が多い。本棚のひとつの前に立っていると、すぐ右側に生徒が一人立つ。少し左に避けながら横顔を見る。高校時代のクラスメイトで文芸部仲間でもあったCちゃんがセーラー服姿で立っている。いや、他人の空似だろう。無視して本棚を眺め直す。「ちょい」というささやき声とともに腕をつつかれる。顔をそちらへ向けると、やっぱりCちゃんだ。「なんで無視すんのよ」とCちゃんは軽くむくれている。胸に名札が下がっていて、赤いプレートに白抜きの字で「仏毒」と書いてある。Cちゃん、それでは結婚したのか。それにしてもすごい名字だ。「Cちゃん、久しぶりやん、こんなところで。あと、その名札」と聞くと、「あ、これ違うねん。これ私んじゃないねん。ここ入る時、名札が必要やからって、図書委員の男の子が貸してくれてん」と答える。なんだかよくわからないが、「仏毒」という名字の男子は実際にいるらしい。世の中にはいろいろな名字の人がいるものだ。