点取日記 23 一夜城
私の部屋は少々変わったつくりになっていて、ベッドのすぐ脇に台所がある。
始めはなんだか変だと思ったけれど、あちこちが剥げた薄青いタイルが冷たく光っているのを見ながら布団でごろごろするのはそう悪いものでもない。
昨夜もそうやって寝転がっていたら、白い壁にぽつんと黒い点が現れた。すわカメムシかゴキブリの子供か、と跳ね起きたがもう一度よく見るとそいつは壁にへばりついているのではなく、空中にぴたりと静止していた。
天井から降りてきた蜘蛛だった。
ちなみに、先日コンロの近くに巣をかまえていた蜘蛛とは種類が違う。あの蜘蛛はいつの間にか引っ越してしまって最近姿を見ない。毎朝焼き網でパンを炙って食べているから、熱波が嫌になったのかもしれない。残念だ。
天井から降りてきた蜘蛛は先日の蜘蛛より一回り大きく、黒い体をしていて、お腹の上側に白い模様が入っている。
糸もいくぶんしっかりしている。このまま布団に降りられては困るから、糸の上の方を掴んで引き離した。蜘蛛はわたわたと肢を動かしてあわてている。巣を作るなら台所の隅っこにでもつくれ、と心の中で話しかけながらそちらへぽいっと放ってやった。
ベッドと台所が近いのにはこういう利点もある。
それからしばらく本を読んだりゲームをしたりして遊んでいたら、また視界に黒い点が降りてきた。蜘蛛だ。同じ個体だろう。
うっとうしいな、と思いながらふたたび糸を掴んでさっきより遠くに放った。
さらにその後、お風呂や何やを済ませてもう寝ようとベッドに戻ったら、またぶらさがっていた。
何がそこまでお前を駆り立てるんだよ。先日の小さな蜘蛛といい、この場所は蜘蛛に絶好の狩場と思わせる何かがあるのだろうか。
確かに巨大な動物(私)に寄ってくる蚊なんかを捕まえるにはいいのかもしれないけどそこに居られちゃ困る。「眠っている人間が無意識に食べてしまう蜘蛛の数は生涯で8匹」という都市伝説を思い出して気分が悪くなった。
私は糸を掴むと台所の前を通り過ぎ、玄関の靴箱に向かって蜘蛛を放った。
悪いがあきらめてもらうほかない、蜘蛛よ。
朝目が覚めたらベッドのすぐ脇に大きな巣が出現していて驚いた。
ベッドと台所の間、腰掛けた時の目線ほどの高さに直径約30センチの巣が張られている。巣の根元はそれぞれ天井、壁、柱へと伸びていて、支え糸の長さは1メートルを超えている。
巣には放射状に緻密な横糸が描かれており、その真ん中には建築士にして現場監督、大工をも兼任する蜘蛛が鎮座していた。人間の勝手な思い込みだろうが誇らしげに見えた。
つまり彼(または彼女)は初志貫徹したのだ。
玄関に放り出されたあと、蜘蛛の肢ではけして近くない距離を歩いてこの場所へ戻り、一夜城をつくりあげる仕事にとりかかったのだ。巨大な動物が眠っている間に……。
枕元にいきなり巣を張られて戸惑ったが、同じくらい感嘆して笑ってしまった。なんて頑固なんだろう。
そのまま半同居人の部屋にいって叩き起こし、カメラを貸してもらった。半同居人は小さな生き物をきれいに撮れるモードのついた便利なカメラを持っているのだ。
写真を撮ったあとふたりぶんの朝食の支度をしたが、巣を壊さないよう迂回してあれこれするのはとんでもなくやりにくい。
「朝顔につるべとられて」どころではない。台所の隅ならまだしも、台所の正面を堂々と塞がれているのだ。
首筋がつりそうになりながら、「やっぱりこのままにしておくのは無理がある」と悟った。
帰宅したら巣を外して蜘蛛ごと廊下に出しに行こうと思う。
それでも蜘蛛がここが巣なのだと戻ってきたなら、どうだろう、根負けしてしまうかもしれない。
「ぼろくそに言われた 3点」
野球少年がカミナリ親父の家の窓を割って叱られている、サザエさん的なシーン。
よく見ると頭を下げている少年の顔がまったく反省していない。そのあたりが3点の所以だろう。
このタフさは見習いたいですね。