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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

「ハンス、おかえり、私の息子」


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最近ずっとハンス王子のことを考えている。ハンス王子っていうのは「アナと雪の女王」(2014年日本公開。2014年!?!?)に出てくるサザンアイルズ王国の第13王子、ハンス・ウェスターガードのことだ。物語のはじめでアナといい感じになってエルサ討伐のリーダーを張り、最終的にはヴィランズとして本性を現しアナのワンパンに沈むあいつである。今さらアナ雪かよって思うだろうけど聞いてほしい。私はディズニーアニメにくわしくなく、子供の頃ピーターパンとかダンボとか大好きでビデオが擦り切れるくらい見たけど、お姫様が出てくる物語はいまいち乗り切れずちゃんとは見てこなかった。ディズニーランドにも物心つくかつかないかの頃に一度行ったきりだ。しかし予防線はともかく私は「アナと雪の女王」をご多分にもれず映画館で見た。面白かった。はっきりいってかなり好きだ。サウンドトラックCDを買って今でも時々iPodで寒い季節に聞いている。
で、ハンス王子である。近頃やつのことがしきりに思い出される。まあはっきり言って好ましい人物ではない、アナの目にはきらきらした青年に映るけど、もみあげが気障に長いし、最初っからなんかちゃらくて胡散臭いし、裏切り方もそのタイミングも最悪だし、もみあげが気障に長いし…。
何よりハンス王子はアナを利用してアレンデールを乗っ取ろうとした。そして彼の目論見はもう少しで成功するところだった。彼にとってはすべて簡単だっただろう。あの「とびら開けて(Love Is An Open Door)」を歌っている最中も、「こんな世間知らずの娘、騙すなんて訳ない」とほくそ笑んでたかもしれない。わかる、彼はたしかにクズだし、人情の欠片もないように見える。
でもハンス王子の言動、ほんとに全部ウソだったのだろうかって私はつい思ってしまう。毎日居場所がなかったことも、状況を変えてくれる誰かを待ち望んでいたことも、サンドイッチが好きなことも(吹替版)、つらかった昨日までにさようならを言いたかったことも。それだけ歌とアニメーションが素晴らしいせいなんだけど、私は今でも「とびら開けて」を聞く度に新鮮な喜びがあるし、これまでの毎日を変えてくれる、変えてあげられる誰かと出会ったかもしれないっていう希望も感じる。
「栄光ある人生は国を統べる者にしか与えられない」という呪いに縛られたハンス、でも13人兄弟の末っ子で、そんな人生を到底歩めっこないハンス。12人の兄を殺すより、1人の世間知らずの娘を殺そうとしたハンス。オラフが何度も「ハンスって誰?」と尋ねるハンス。
ハンス王子は弱い。そして卑怯である。でもその全部が全部、彼の落ち度なのだろうか。とても有名な話だがハンス王子は鏡の性質を与えられたといわれる。ジェニファー・リー監督によれば、ハンス王子はアンデルセンの「雪の女王」に登場する、悪魔の作った鏡を反映したキャラクターなのだという。だから彼は周囲の人々の感情をその時々に体現して、好青年から勇敢な英雄、裏切り者へと次々と態度を翻して平気な顔をしている。ハンス王子のキャラクターは一貫性がないと公開当時批判も浴びたけれど当たり前だ、だって彼は鏡なのだから。この話を聞いた時、私は「そんなことってあるかよ!」と腹を立てた。ハンス王子=鏡説がなかったら私はここまで彼に肩入れしないと思う。それくらい衝撃的だった。
だってとても残酷じゃないだろうか。元々は道具だった物に人格を与えて、物語を推進役を担うだけ担わせて、あんな結末を与えるなんて。ハンス王子は船の暗い檻の中でぐったり倒れ伏して退場する。誰もいない、何も映せない暗闇が彼の求めていた居場所ってことでしょう、それって!ヴィランズって (くわしくないけど) もっと鮮烈に悪くてチャーミングで、自分の仕事をやり通して、最後は爆発四散して死ぬみたいな存在じゃないのか!?ディズニーてめえ!キャラクターの人格を、人生を、なんだと思ってやがる!!
とこのように、私はどうしてもハンス王子をかばってしまう。彼自身の苦しみを描かない物語と作り手に怒りを覚えるし、その物語を何だかんだいって楽しんでいる(この怒りすら込みで!)自分に罪悪感をもつ。なんかもう高度なロボットに生まれてきた意味を考えさせるとかそういう、これは、厳密には倫理問題だと思う。
私は物語冒頭のアナと同じく、ハンス王子にコロッと騙されてるだけなのか?物語の外の事情を物語の批評に持ち込むのはフェアじゃないのか?そうかもしれない。でもそんなの関係ない。これは批評ではなく、もっと言えば取り立てて新鮮味のある感想でもないからだ。ハンス王子に関するもーっと興味深くて、根拠があって、ロジカルな批評はインターネットにいっぱいある。もしあなたがこれを読んで、彼を思い出したなら、ぜひ検索して読んでほしい。
 
最後に、私が勝手に特別なつながりを見出している歌を紹介して終わりにしたいと思う。ドイツ民謡の「小さなハンス」という歌だ。メロディだけは日本でも「ちょうちょ」の名前で広く歌われている。こういう内容だ(念のためにいうと逐語訳ではありません)。
 
小さなハンスは旅に出た。
よく似合う帽子と杖を持って。
涙をこらえて母さんは言った。
「無事でね、早く帰ってきてね」
 
ハンスは7年世界を旅した。
ある日家に帰ろうと思い立った。
たくましいハンス、もう小さくはない。
故郷のみんなは彼に気付くだろうか。
 
帰ったハンスに誰も気づかない。
「この人、誰?」と妹さえも。
母さんが来てすぐこう言った。
「ハンス、おかえり、私の息子」
 
そう、「アナと雪の女王」のハンス王子も、あのあと故郷に帰ったのだ。続編の「アナと雪の女王 エルサのサプライズ」で彼はサザンアイルズ王国のうす暗い馬小屋で馬の世話をしていて、エルサのくしゃみ玉の直撃を食らって馬フンの山に突っ込む。
 
正直、ちょっと笑った。
 
ディズニーてめえ!!!
(ひとまず命が助かってよかったね)
 
ハンス王子は馬を従えて現れたが、今や彼の主人は馬になった。馬飼い、いい仕事じゃんって私は思う。人とあんまり顔を合わせないし。馬もすごく人の顔を見る生き物だっていうし(今のところ馬にはバカにされているみたいだけど)。意外と天職なんじゃないだろうか。でもできれば、罪をつぐなった彼に「ハンス、おかえり」って言ってくれる存在がいればいいなと思う。馬フンに突っ込んだ彼を助け出してくれる人が。「ハンス坊っちゃん、災難だったなあ」とかなんとか、ベテラン馬飼いのおじいさんが頭から水ぶっかけたりしてさ。人間じゃなくたっていい。馬でもサンドイッチでもいいから、ハンスが何かをつかんで自分の人生を始めていることを、心から願わずにはいられない。