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蜂インザヘッド 

ものすごく考えているか、まったく考えていない

ではみなさんは、そういうふうにジーパンだと言われたり、デニムと言われたりしていた、このごわごわした青いものがほんとうは何かご承知ですか

土曜日、以前から抱えていた「かっこいいジーパン欲しい」という気持ちが爆発して買いに行った。

 

かっこいいジーパンの前に私のかっこ悪いジーパンの話をすると、これは8年ほど前に買ったリーバイスである。母と一緒に高島屋に出かけた時買ったもので、以来夏でも冬でもこのジーパンを履いてきた。山や海や、ちょっと服が汚れそうな場所へ出かけるときは必ずジーパン。フランスやタイにも行ったジーパンなんだった。その間に少しずつかっこいいジーパンは色が落ち、裾が擦り切れ、穴が開いて全体がぼろぼろになり、かっこ悪いジーパンとして今に至っている。

 

ダメージ加工になってるしいいじゃんという向きもあるかもしれないけれど、これがどうも私の場合、ファッション的なダメージになりきれていないから問題だ。ダメージ加工のやつは「男たるもの傷のひとつやふたつあって当然。こいつはおれの勲章さ」という感じがするでしょう。こないだなんか、両腿の65%が穴というジーパンを履いている女の人を見かけた。たぶんバイクの後ろに紐でくくられて腹ばいで市中を引きずり回された豪の者だと思う。一方私のジーパンは「見てみ、おっちゃんなぁ、苦労続きで歯ぁ抜けてしもたわ。カリント食べるか?(おっちゃんは歯がないので固いお菓子を回してくれる)」という感じ。

 

なかでも腿の生地が薄っぺらくなってしまい、いまや履いてるときにウエスト部分をぐっと持ち上げると「み”っ」としか言いようのない嫌な感触がある。履き心地はいいのだけれど、ちょっと無理して動いたら金魚すくいのポイみたいにほろほろと破れ去ってしまいそうだ。

 

それで思い立ってジーパン屋に行った。棚に並んでいるものはみな濃い青色でぴんとしていて、自分ちのジーパンと同種の服には見えなかった。店内を見回すと、あちこちのポップに「ジーンズをお買い上げの方に…」とか「スタンダードなジーンズです」とか書いてあった。私は店員さんに向かって次のように話しかけた。「ジーンズを探してるんですけど…」

 

即座に「やっべ、(8年連れ添ったジーパンに)刺される。膵臓を重点的に」と思ったが、途中から「ジーパン」に替えることもできずに「ジーンズ」「ジーンズ」と言いまくった。二度の試着から丈詰めの採寸、手入れの話題に至るまで、10回は発したんじゃないかと思う。

 

マジですか今2015年ですよ「ジーンズ」くらい自意識を介さずに言えないのかアイウェアならともかく、と自分でも思ったけどそういう性格だから仕方がない。少なくともこれまで意識せずに「ジーンズ」と言えたことは一度もない。言うときは今回のように人に合わせて言っているし、言ったあとは「あ、ジーンズと言ってしまった、あ、また言ってしまった。子どものときはあれをジーパンと読んで誰も咎めなかったのに」と必ず思う。

 

そうしてぼんやりしてる間に店員さんがさっさとお会計まで済ませてくれた。ジーンズは木曜日に受け取る予定だ。さようなら人生最後のジーパン、私はあのごわごわした濃い青のズボンをジーンズと呼ぶ。繊維の一本がばらばらになって宇宙に溶けるまで、お前にはジーパンでいてほしい。